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今週はツーリングはお休みしました(その223:初めてのクロスバイクによる100kmロングライド) [クロスバイクロングライド]

62週目の土日は、梅雨前線のため雨が降り続いています。 2月の大雪以来ですが、今週はツーリングは休みました。 

 

1.  クロスバイクで100km

 

ロードバイクでは当たり前となってしまった100kmですが、クロスバイクでは2回しか記録ありません。ロードバイクとクロスバイクの100km走行の比較は、(その49)で纏めています。結果的に、重い車体と、太いタイヤで、そこそこ体力は削られるには違いありませんが、十分に走ることは出来ます。 クロスバイクで初めて100km走ったのは、今から4年前の2010年でした。

この時は、大分県に単身赴任していた時で、自転車を買って5か月目でしたか・・・・? この2週間前に80kmの、山間コースを走って自信を深めたいた時期だと覚えていますが、なんとなく、手探りの状態で走った100kmでした。 このBLOGでは紹介していませんが、投稿したロングライド手記が、PCに残っていましたので、公開してみたいと思います。

 

2. 初めての100kmツーリング(大分県大野川~佐賀関ツーリング:2010522日)

 

2-1. 100km ルート計画


あと2週間で大分駐在終了ですから、目一杯書いてもあと12回でしょうか。

計画している国東半島1週は電車輪行でも80km超になります。どこかで途中、泊まってもいいのですが、明日の日曜日も1日中雨の予報です。雨の中の走行は、危険が伴うので潔く止めて、来週に計画をずらしました。
あと2週間ぐらいで横浜に戻らなければなりません。後、走るべき箇所は、途中あきらめた佐賀関一周です。また大野川から大分川は、結びましたので、単純に佐賀関にも大野川と接続できないか、自転車サイトを探しまくりましたが、いいルートが見つかりました。

ツーリングコース_658m_101km.JPG
▲初めてクロスバイクで100km走った時のルート図です。右のローソクのようなピークが佐賀関
です。距離=101km、獲得標高=658mでしたが、全般的に平坦ルートです。

キョリが80km以上なので、途中天候がくずれた場合や、疲労で動けないときは、電車を使う輪行の準備をしておけば何とかなる目算でした。いつもそうですが、実際に走ることよりも地図を見て・キョリを計測して、分からないことがあればサイトを調査する単純な作業が楽しいといえば楽しいです。

グラフィックス16.jpg
▲大分でずっとデイパックにしまっていた地図と温泉ガイドです。計画は地図・温泉ガイド、
データはサイクルコンピューターで記録。輪の回転数でデータを蓄積します。
自転車ツーリングでは上記ツールは必須です。

 

 

2-2.走行記録


(1) 
大野川~臼杵市(アプローチ)

7時過ぎにはアパートを出ました。寒冷前線の到着が早いか、帰宅が早いかの競争です。

いつもの大野川サイクリングロードに入りますが、この日は苦労する向かい風もなく、非常に良いコンディションです。80km以上の長丁場になるので、できるだけ休まず、頑張らない程度に漕ぎます。
でも当日は、雨が近いせいか湿度は高いので、止まると汗が出始めます。それでも河川敷の道路ですから、他の交通はないし信号もないので、走行はスムーズで平均スピードも結局上がります。やはり車、信号、段差、向い風が自転車にとってインパクトなのです。

グラフィックス15.jpg
大野川のいつもの快適な道です。何回ここを走ったか覚えていませんが、
どのような景色が待っているか頭に入っています。ここは、お気に入りの風景です。
障子岳が中央に大きく見えます。(地図ばかり見ていたので、山の名前が
分かっています。この山の鞍部も走りました。)

大野川サイクリングロードを走り終えると、国道10号線に入ります。国道ですから交通量はありますが、路側帯も広く非常に走りやすい道です。 途中まで1月末に、下見で来たことがある鉄橋と別れ、臼杵(うすき)市に向かう県道25号線に入ります。25号線は山を越えますが、最高地点は109mで、だらついた上りです。途中トイレ休憩挟みながら臼杵市に入りましたが、ここまで30km近く走っていることに少し満足感を憶えます。

グラフィックス14.jpg
▲国道10号を離れて県道52号に入る地点です。この鉄橋の向こう側
1月末は走りました。この時、橋は今思うと工事中だったと思うのですが、
橋全体を木製の何かで覆っており自転車を止めました。

グラフィックス13.jpg
▲県道52号線です。とにかく交通量が少なく、路面もいい。
ドンドンペースが上がります。好調であまり疲労を感じませんでした。

体の調子も良く、自転車特有の疲れも全く感じませんでした。県道25号線を別れ、国道52号線に入りました。ここには臼杵石仏があります。是非寄ってみるつもりでしたが、先週行った耶馬溪の「青の洞門」と同じで観光地化されており、即座にパスしました。(「石仏旅館」「石仏饅頭」「石仏食堂」・・・・・・オンパレードでした。気持ちのよさそうなベンチが目に入りましたが、ゆっくり休めない気がするので先に進みます。

グラフィックス12.jpg
「深田の鳥居」です。写真を撮りつつ、しばらく眺めていました。ご覧のように、
麦畑の真ん中に聳えています。この状態で、風雨・地震に長い間、耐えて
いたのでしょう。


近くで、「深田の鳥居」を見つけました。畑の中に忽然と鳥居が聳えています。どのような経緯で作られたか、なぜ麦畑の中にあるのか、、、不思議です。大分ではこのように「鳥居のみ」が多いのです。普通、鳥居と神社はセットと考えられています、しかしながら、なぜか鳥居のみ建てられております。恐らく神社等でなく、鳥居そのものに信仰があったのかもしれません。で、なぜ畑の真ん中に立っているのか、また、農地を削ることはしないのはなぜか?良く分かりません。


深く考えてもしょうがないのですが興味があるところです。サイトで調べてみましょう。国道502号を辿り海に向かいます。臼杵市市街地を走っているのですが、朝まだ早いので交通は少なく道は走りやすい。快適な国道502号線は終了し、佐賀関に向かう国道217号に入ります。今回は海と山を両方味わえる贅沢なルートです。


(2) 臼杵市~佐賀関 関崎(核心部)

国道217号線の合流部から佐賀関まで21kmと書かれております。

このとき39kmは過ぎていたので、トータル60kmで佐賀関です。佐賀関からアパートまで25kmですので合計85kmのツーリングです。1月末にバテてあきらめた、姉妹岩のカーブミラーの向こう側を見ることが、このツーリングの目的だったのですが、そこを回っていると+10kmとなり95kmに伸びます。さすがにこのキョリになると、あきらめようかなと思いましたが、今日は絶好調で39km走っても、一片の疲労も感じません。電車輪行の準備もしていますので、佐賀関半島の先端部(関崎)を目指すことにします。

グラフィックス10.jpg
国道217号線は海の横を走ります。綺麗で荒らされていない、
静かな海岸線でした。水が恐ろしく綺麗でした。ここで海を眺めながら
小休憩しました。あと佐賀関まで
6kmぐらいでしょうか。。。


国道217号も非常に整備されており、路側帯も広く他の車をやり過ごしやすい。また交通量そのものも少なく信号もすくない。長距離を走る条件が揃っています。217号線は、一旦海沿いを走り、また海岸線から離れて山に入る連続した道です。海を見たときは遠くまで走ったなと実感しました。また海も観光地化されていないので水の透明度が素晴らしい。 大分は、観光地と生活の場が、関東ほどはっきり分かれていないせいか、自転車ばかりでなく車でも、走っていて、ドキッとする景色に良く出会えます。 本当に、物価も安く、自然も深いこの地域に、セカンドライフに移り住もうかと、一時期本当に計画し、新聞に折り込みの不動産情報をよくチェックしていましたが、あっさりカミさんの反対にあいました。


途中、外国人ロングサイクリストとすれ違いました。女性と男性のペアでしたが、女性は少ない荷物で先行し男性と200mぐらいは離れていました。女性は、サイクリストの私を見てペコッと挨拶しました、その後女性の3倍はあろうかという荷物を満載し男性が走ってきました。彼は手を上げて笑っています。彼らは夫婦か恋人か分かりませんが、大荷物を男性が担当し、女性をいたわっている微笑ましいツアラーでした。この考え方も外人らしいです。こういうのを見ると心が落ち着き、ますますチカラが湧き出してきます。

グラフィックス11.jpg
▲国道217号線と平行して草原が横たわっておりました綺麗でした。今日は天気が下りで、
先ほどは晴れていても、雲が厚くなってきています。この前で外人ツアラーとすれ違いました。



写真のような217号脇の大きなすがすがしい草原を見て、また海岸線に下りるを繰り返して、佐賀関町に入ります。1月末に走った道を思い出しました。4ヶ月前の冬と、5月末の初夏では、明るさがまるで違います。 国道217号と分かれて、懐かしささえ感じる“前回あきらめた”夫婦岩の横の、荒れ果てた道に、誰が使うのか取り付けられたカーブミラーがありました。

グラフィックス9.jpg
佐賀関半島に入りました。郵便を配達するバイクと走りました。
止まるたびに「○○さーん」「××さーん」と受取人に声をかけます。
高齢化しているのでしょうか、いずれにしても都会とは全く違います。

グラフィックス8.jpg
佐賀関の白ヶ浜です。海水が綺麗でしょう。ここまで来ると、佐賀関先端まで
もう少しです。海水浴場ですが、小さな旅館が、場違いのように山
にへばりつくよう経っています。本当に静かな半島です。

引き返した地点_なぜかカーブミラーが.JPG
▲1月末に来た佐賀関の荒れ放題の海の道です。前回はここで引き返しました。
誰が使うのかカーブミラーが印象的でした。


パンクしそうな荒れ果てた道を、そろりそろりと走りぬけましたが、実はその後が大変でした。 

カーブミラーから半島先端まで1.5kmでしょうか、海から急峻にせりあがった最先端の関崎は190mの高さにあるのですが、勾配15%のガードレールもない激坂に遭遇。なんとかローギアで粘りましたが、大分で1200km近く走って、初めての経験ですが、10分ぐらいでしょうか自転車を押しました。恥ずかしいとか、残念という気持ちより先に、早く関崎を踏破したい、という気持ちの方が強かったです。

グラフィックス7.jpg
佐賀関先端の関崎付近の急峻の坂です。唯一、視界が開けたスポット
がありました。ここで、距離計は
67.4kmです。


関崎の閉店した食堂や、荒れた駐車場を過ぎて、半島の展望台に着きました。しかし、展望台とは言えず、雑草と潅木で殆ど視界は開けません。壊れたベンチがあったので、少し休憩を取りましたが、まだまだ距離が残っているせいか、何時疲労が襲ってくるのか心配で、先を急ぎたい気持ちが勝っており、すぐ出発です。


 

(3) 関崎~幸崎(日本興業佐賀関線廃線跡)

関崎から、やはり急峻な下り坂を走破し、あっさりと佐賀関半島の根元に到着です。

ここは日本興業の精錬工場がありますが、工場特有の城下町の雰囲気はありません。そのまま国道217号線から名称変更した国道197号線に入ります。1月終わりに来た時は、30kmしか走っていないこの時点で、強い向かい風と寒さで、打ちのめされた印象しかない道ですが、今回は位階走っているので余裕が違いました。

 

快調に25km/h前後で走りました。疲労感が殆どないということは、今日は曇りであり太陽の直射はなく、微風であること、高い山を越えていないルーティングも要因であり、さらに、計画されたイメージどおりの走りが出来ていることと、最後に4ヶ月前に比べると、さすがに自転車に強くなっている自分の体も要因かと思います。

グラフィックス6.jpg
▲佐賀関鉄道のトンネルです。耶馬溪と同じようなサイズです。最初はまさか
この道が鉄道跡とは全く考えませんでした。交通量や信号が多い国道を走らなくて
ラッキーぐらいとしか考えませんでした。


すると、途中、山を刳り抜いたような、トンネルが自転車道として開放しております。道は悪くガタガタでしたが、狭い海岸線で交通量のある国道197号を走らなくて良いので、トンネルに続く自転車道を走ります。そのときは、地元の方の生活道路の考えしかなかったのです。

また国道に戻り、途中見晴らしの良くベンチのある休憩をかねて止まりましたが、良く見ると海岸線の裏手の道が、やはり自転車専用道として開放されています。

グラフィックス5.jpg
▲住宅街を走る廃線跡独特の雰囲気(カーブが少ない・急な坂がない)です。

看板の指示通り、走ってみることとします。確かに地図では幸崎駅まで国道197号線と平行して走っておりルート的には全く問題ありません。でも道幅や急なカーブもないことから、もしかしたら廃線跡??と思いましたが、川を渡る橋の構造を見ると、とても重量物の電車に耐えるだけの構造ではないな。。。?と思いました。しかし先週の耶馬溪鉄道跡を考えると、独特の雰囲気から、やはり廃線跡かもしれないと思ってきました。幸崎に到着しこの問いは、表示板で氷解しました。

グラフィックス4.jpg
▲サイトから失敬しました。在りし日の佐賀関鉄道です。この写真は、昭和38年の廃線の日の
写真です。昭和天皇が佐賀関を訪れた時、利用されたそうです。

 

やはり日本鉱業佐賀関線(「軽便鉄道」:総延長9km)の廃線跡でした。表示板では佐賀関サイクリングロードと銘打っていますが、メジャーなメイプル耶馬サイクリングロードと異なり、大分市地図にも、その名を紹介されていない、まさに寂れた地元の生活道です。 2週連続、このような道を走ることが出来て非常にラッキーでした。

日本鉱業佐賀関鉄道は、日本鉱業(現:日興ホールディングス)が軍需目的と社員の通勤用で、1946年に開業した私鉄で、一日に20往復していたそうです。しかし、モータリゼーションで僅か1963年の17年後に廃止されました。「軽便鉄道」とは、電車躯体や線路のインフラが鉄道法規の規格外で、そのために、急峻な坂・急カーブも走れるが、その分、最高速が低く抑えられ、かつ輸送量も小さい。まさに建設費を安く上げられた鉄道です。「軽便鉄道」は、北海道を除く全国的に展開していましたが、九州ではここ一つだけです。でも、結果的に1972年を最後に全線が日本から消えました。

幸崎に到着です、アパートまで20kmありません。コンビニで最後の補給食を購入し、調子が悪かったフロントのブレーキをドライバーで調整し再出発です。

 

(4) 神崎~大分(100km達成)
2週間連続で廃線跡を走れた興奮でしょうか、帰路も体調は絶好調です。そろそろ背のデイパックの重みに腰は悲鳴を上げつつありますが、自転車特有の疲れはありません。産業道路を快調に30km/h近くで巡航します。途中、1月末に、疲れてひっくり返った同じベンチで休憩をしました。

先ほどコンビニで買った、エネルギーゼリーを飲み、最後の詰めに入ります。アパートの近くの工場の煙突を見たときに92kmを超えました。

グラフィックス3.jpg
▲幸崎を抜けた大分市の産業道路です。今回風がなく、30km/h付近で
巡航できました。アパートまで15km程度でしょうか?

帰ってすぐ風呂に入って、昼寝を楽しむ予定でしたが、まだまだ腰以外は元気一杯です。ここは走行距離100kmを目指すことにしました。自転車の世界では100kmを走るのは、軽量で早く走ることに特化したロードレーサーの牙城であり、私のような街乗り用のクロスバイクでは至難の技です。
自転車専用雑誌では、「どうすれば100km走れるか?」「100km走るためのペダリング技術」等の特集が多く、読者を引き付けています。横浜に帰れば、このキョリを味わえるわけではないので、この経験は大分の金字塔に出来ます。

グラフィックス2.jpg
▲大野川に帰ってきました。ここで92kmでしたので、100kmを目指すことにします。
ここより豊後温泉経由で、アパートに戻ることとします。


大野川を渡ったところでアパートに帰らず、上流に向かって走ります。無論、目的地は銭湯です。確か記憶で、5~6km走れば豊後温泉があるはずです。 アパートに帰って狭いお風呂でなく、手足がゆっくり伸ばせる湯船を堪能できます。
目的地の「豊後(ぶんご)温泉 高田の湯」に到着しました。手足を伸ばしてジャクジーでお湯を楽しみました。すでに14:00を超えており、気温は高く湿度も高い状態です。汗まみれのシャツとタイツを脱いで、銭湯で短パンに着替え、完全に腰もリフレッシュしました。アパートまでの4~5kmはあっという間に消化し、走行距離は101.37kmになりました。 

グラフィックス1.jpg
サイクルコンピューターのアパート前の表示。100km超えましたね!

体重が一気に1kg現象。ダイエットにご法度だった、背油コッテリの九州ラーメンを食べられます。

 

総距離数:101.4km、乗車時間:5時間12分 平均時速:19.7km/h、
カロリー:2,803kcal (Ex値 7.146,734歩相当燃焼脂肪409.0g 最高地点:標高191m

 

 

・体重データ 

体重=72.0kg, 体脂肪率=12.4%, BMI=20.5内脂肪=4%

 

・ツーリングデータ(今週は休みです。)
距離=-km 時間=-hr、平均速度=-km/hEX=-消費カロリー=-kcal, 獲得標高=-m, 最大標高=-m, 最高速度=-km/h、平均心拍=-最大心拍=-平均ケイデンス=-、最高ケイデンス=-


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